SO2二次創作小説。
気が向いたら続きます。
秋の始まりを告げる穏やかな涼風が肌を撫でる頃、エメラルド街の森の中に、新しく店を構える者がいた。
黒い前髪に、白く長い後ろ髪。白い肌を黒い衣服で身に包み、紅い瞳をしたその女性は、まるで魔女のような出で立ちをしていた。
彼女の名前はメアリー・スー。
こことは違う場所では、『白黒(モノクロ)』の二つ名で呼ばれていた魔女である。
「これで良いかい?店主さん」
「ええ、ありがとう」
大工に礼を言い、女性は店の前に取り付けてもらった看板を見上げる。
『虹之夢』。これがこの店の名前だ。
メアリーとしては大きな意味を込めてつけた店名だが、それが周囲に伝わることはまずないだろう。
もうちょっと凝っても良かったかな、と思わなくもないけれど、あまり考え過ぎると、長くなりそうなのでこれに落ち着いた。
あくまでも表向きは『店の名前』なのだから、覚えやすい方が良いだろう。
メアリーがそんなことを思いながら看板を眺めていると、
「ご主人様~」
「ご主人様っ、お届けものです!」
藍色の妖精と紫色の妖精が、細い羽根を懸命に羽ばたかせながら飛んでくる。
「お届け物?」
「注文してたものが届いてましたぁ!えっとぉ、これが優待券で、あっちのがスピードポーションです!」
差し出された封筒を受け取り、大きな荷物を一目見てから、「ありがとう、ミンミ、ナコ」とメアリーは妖精たちに礼を言った。
「休んでいていいわよ。あなたたちにはまた後で仕事を頼むわね」
「ご主人様~!お水汲んできました~!」
黄色い妖精と緑の妖精が、得意げな顔をして水瓶を運んでくる。
「ありがとうサズ、クガモ。それは倉庫に入れておいて」
「はーい!行こうクガモ!」
「ま、待ってサズ、置いてかないで~」
水を運んでいく二人の妖精に、「汲んできた数を記録するのを忘れないでね」と声をかけてから、メアリーは周囲に視線を向ける。
「カティラとノゼはいる?頼みたいことがあるのだけれど」
「はい、ご主人様」「ここに」
どこからともなく、橙色の妖精と青い妖精が姿を現す。
「ありがとう二人とも。頼みたい仕事があるのよ」
そう言って、メアリーは先ほど届いたばかりのスピードポーションの山を指さす。
「あれをね、今出ているスピードポーションの注文に、しこたまぶち込んできてちょうだい」
二人の妖精は一瞬ぽかんとしてから、おそるおそる互いの顔を見合わせ、それからまた主人の顔を見直した。
「す、スピードポーションをですか」
「200本ありますよね」
「ええ。全部よ」
きっぱりとメアリーが言うと、青い妖精がおずおずと、
「あの、主。全部売ったら、その、事業税が凄いことに……」
「いいのよ。その分買うから」
「な、なにをですか?」
今度は橙色の妖精が訊ねる。
メアリーは小さく微笑むと、「言ってなかったかしら?」と、軽く首を傾げてみせた。
「パンの材料よ。私たちは、ここで―――パン屋を開くのよ」
……これは。
虹色の夢を見る白黒魔女と、六人の妖精たちが営む、
小さなパン屋の物語。
***
「食パン1000Gを5つお買い上げですね、ありがとうございます!」
「また来てくださいね~」
「小麦運んできたよ~」
「あっありがと~!倉庫に入れておくね!」
「あれ~、ミンミは?まだ帰ってきてないの?」
開店から数日後。
パン屋『虹之夢』は、それなりの賑わいを見せていた。
買い物を趣味とするMUTOYS島の住人たちは、昼夜を問わずパンを買いに来る。
メアリーに仕える六人の妖精たちは、国から派遣されてきたお手伝い妖精たちと共に、日々忙しく働いていた。
「おはよう、みんな」
二階の住居からメアリーが降りてくると、妖精たちは一斉に
「おはようございます、ご主人さま!」
と、丁寧に朝の挨拶をする。
メアリーは妖精たちを労ってから、売り上げ表を確かめる。
「売り上げは問題なさそうね」
「はいっ、毎日のようにお客さんが来てくれます」
橙色の妖精、カティラは嬉しそうに頷く。
共に店番をしている黄色い妖精、サズもにこにこしながら、
「もうちょっとで棚を大きくできそうです。そしたらまた売り上げが伸びますね!」
それを聞いて、「そう」と、メアリーも嬉しそうに微笑んだ。
「なら、また新しくお手伝いの妖精さんを頼まないとね。作業班の方はどうかしら」
「問題ありません!」
緑色の妖精、クガモが元気に返事をすると、青い妖精、ノゼもうなずいた。
「主の入れてくださった火のお陰で、美味しく焼けています。明日にはまた、在庫が倉庫の方に入れられるかと」
「そう、いつもありがとう。……そういえばナコ、ミンミはどうしたの?」
運搬を終えて一休みをしている紫色の妖精、ナコにメアリーが問いかけると、彼女は軽く首を傾げた。
「まだ帰ってきていないみたいです。おつかいに行ったのは、そう遠くないところのはずなんですが……」
「ご主人様っ、ご主人様~!」
ナコがそう言い終わるか終わらないかのタイミングで、店の裏口から悲鳴のような声がした。
メアリーと妖精たちが急いでそちらに向かうと、丁度話題になっていた藍色の妖精、ミンミが泣き出しそうな顔で羽ばたいてきた。
メアリーは慌てて彼女に向かって両手を差し出し、
「ミンミ、いったいどうしたの?何があったの……」
ミンミはその手のひらのなかに飛び込みながら、
「お塩が、お塩が……!」
と、必死にメアリーに訴えようとした。
メアリーは怪訝な顔をして、
「お塩?塩がどうかしたの?」
「お、お塩が……お塩が……!!す っ ご く 高 く な っ て る ん で す!!!!!」
「……ええ?」
メアリーと妖精たちは、驚いたように顔を見合わせた。
***
MUTOYS島では季節ごとに何かしらのイベントがある。
秋の名物、ハバネロ祭りもその一つである―――
「―――わけないでしょ。何よハバネロ祭りって……」
島の様子を知らせる掲示板を眺めながら、メアリーは嘆息する。
ナコは掲示板と主人の顔を交互に見てから、
「ご主人様は、昔もMUTOYS島でお店を出されていたとお伺いしましたが……その時には無かったお祭りなんでしょうか?」
「ええ、当時はパプリカ祭りだったわ。色々な甘いものだとか、そういうのが対象になるのだけれど……今年はどうやら違うみたいね。それにしても……抜かったわ」
そう言って、メアリーは軽く眉をしかめた。
「この時期にイベントがあるのをすっかり忘れていたわ。元々参加する予定もなかったけれど……まさか塩が高くなるなんてね」
「ご主人さま~!」
情報収集に出掛けていたサズが、急いで二人の方に飛んでくる。
「お待たせしました、各街から情報集めてきました!」
「ありがとう、サズ」
「どうだった~?」
「いやもうそれが、各地で凄い騒ぎで……」
サズの話によると、どうやらどこの店主にとっても、今回の祭りは寝耳に水だったらしい。
ハバネロを獲得するためにあちこちで混乱が起きているだけでなく、関連する品々が総じて高くなっており、その中のひとつに『塩』が含まれていたようなのだ。
「なるほど。それで、塩の市場価格が5倍にね……」
「どうしましょうご主人様?」
ナコとサズは不安げに主人を見上げる。
「お塩ないとパンが焼けないです」
「在庫はまだありますけど、すぐなくなっちゃいますし……」
「心配いらないわ、ナコ、サズ」
メアリーはそう言って、妖精たちを安心させるように微笑んだ。
「理由が分かればなんてことはないわ、この高騰は一時的なもの。イベントが終われば、すぐ値段は戻るでしょう。それに、小麦は安くなっているみたいだし……原価自体はそれほど変わらないわ」
「わあ、良かった」
「びっくりしちゃいましたね」
ナコとサズがほっとしたように言うも、メアリーは何かを考えこむように、
「でも……そうね。せっかくイベントがあるんだったら、私たちも何か便乗してみましょうか」
メアリーの言葉に、妖精たちはきょとんとする。
「え……でもご主人様、今回のイベントにパン系のものはなかったような……」
「ええ、だから作るのは別のものよ」
「何を作るんですか?」
メアリーはにこりと微笑むと、「店に戻りましょう」と二人に声をかける。
「急いで木の枝を買い集めないとね」
「木の枝を……?」
主人の言葉の意味がわからず、妖精たちは首を傾げるばかりだった。
***
その日の売り上げは一定金額を残して、ほとんどが木の枝と水の購入に費やされた。
ノゼとクガモが焼き上げたパンを倉庫に運び入れた後、メアリーは新たな作業を妖精たちに指示した。
「次に作るのは『紙束』よ」
それを聞いて、妖精たちは一瞬きょとんとしてから、
「えっ!?」
と声を上げた。
「紙束、ですか?」
「ええ。元々需要のある原料だけれど、今は地図関連で必要としている人も多いでしょうから」
「パンを焼くのはお休みですか?」
「そういうわけではないわ」
といって、メアリーはちらりと店内の方へ目をやった。
「パン屋をやめるつもりはないもの。これは……そうね、サブ事業といったところかしら。資金集めのためのね」
「なるほど……」
「それじゃ、紙束作りも頑張りますね!」
クガモは張り切って他の妖精たちにも指示を出し、紙束作りの準備が始まった。
ノゼはその様子を見やってから、「主」とメアリーに呼びかける。
「どうしたの?ノゼ」
「その……少し、気になることがありまして」
じっと青い瞳で見つめてくるノゼに、メアリーは「どうかしたの?」と問いかけた。
ノゼは少し迷ったように視線を揺らしてから、
「ずっと気になっていたのですが……主は、どうしてお店を開こうと思ったのですか?」
ノゼの質問に、メアリーはちょっと目を丸くする。
「主ほどの方なら、お金にも生活にも、お困りにはならないでしょう。けれど、どうして敢えてここで……この島でお店を開こうとお考えになったのか、自分たちは聞いていなかったものですから……」
「……確かにそうね」
この島に来る前、彼らに言っておいたのは「MUTOYS島で店を開く」ことだけだった。
パン屋をやるというのは元々決めていたことだったが、妖精たちにそれを告げたのも、ここに来てからだ。
ノゼが今日まで何も聞かずにいてくれたのは、メアリーに何か事情があると思ってのことだろう。
けれど―――今話すようなことではない。
メアリーは、少なくともそう思っていた。
「あのね、ノゼ。私には―――夢があるのよ。見たい夢が……」
「夢、ですか?」
「そう」
と、メアリーはうなずいた。
「この島でなら、見られる気がしたの。だから、ここにやってきたのよ」
「……それは、」
ノゼは囁くような声で、主にだけ聞こえるように言った。
「自分たちにも、お手伝いさせていただける夢ですか?」
その問いかけに、メアリーは優しく微笑んだ。
「もちろんよ、ノゼ。あなたたちがいないと、意味がないの」
それを聞くと、ノゼはほっとしたように微笑んで、
「わかりました」
と頷いた。
「教えてくださってありがとうございます、主。自分も作業に戻りますね」
「ええ。みんなのことをよろしくね」
「はい!」
ノゼが細い羽根をはばたたかせて飛んでいくのを見守ってから、メアリーはふと窓の外に目をやった。
朝からずっと情報収集や仕入れに忙しかったせいで、もうすっかり夕方になっている。
淡い橙色と濃い藍色の混ざり合った夕暮れの空を眺めながら、メアリーは目を細めた。
(……ここでなら、きっと……)
叶って欲しい願いではあったが、叶うのが怖い祈りでもあった。
メアリーは知らず知らずのうちに両手の指を組み合わせて、ただじっと、空を見上げていた。
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