沢山の店主が井戸端で会話をしている。
それに負けない数のお使い妖精達が、島中の至る所を忙しなく飛び回っている。
久々に帰ってきたMUTOYS島は、懐かしすぎて眩しいくらいに何も変わっていなかった。
私は3年ほど前、何が原因だったかも思い出せないようなふんわりとした理由でこの島を去った過去がある。
それでも、最近になってなんだか無性にこの島での生活が恋しくなり、こうして戻ってきた、と言うわけだ。
うきうきとしながら住む町を決める。
今回はどんな職に就こうか。
以前の私は主に肉屋を生業としていて、その上で気になった職に二週間ほど手を出してはまた肉屋に、それから一ヶ月ほどたっては他の職に手を出しては、また肉屋に……と言ったふらふらとした生活をしていた。
どうせ一度閉店してしまったのだから、今回は前とは全く違う事がしてみたい。
そうだ、錬金術師なんかどうだろうか。
前にあれだけ肉屋を辞められなくなっていたのは肉屋のレベルが高かったのもあるだろうし、肉屋に手を出さなければ今度こそは他の職に集中出来るはずだ。
そんなことを考えながら、私はアメジストの草原近くに店舗を建てることにした。
長年慣れ親しんだミミの街が恋しくもあったが、食用獣が獲れる環境はやめておこうと思った。
今思えば、この時から私は肉屋への執着が捨て切れていなかったのだ。
新しい場所での錬金術師としての生活は、やっぱり楽しかった。
最初は薬草をむしりながらポーションを作って、安定してきたら市場から仕入れて。
私はお使い妖精に頼んで、仕入れブックマークを広げて貰う。妖精は無邪気に、食用獣と氷と包丁が書かれたブックマークを見せてくる。
あぁ、きっとこの子は前から私と居た子なんだろう。
私は薬草と薬調合入門本をブックマークに入れるようお使い妖精に指示した。
それと、前のブックマークは消しても良いと。
この頃はまだ沢山薬が作れなかったから、住民向けに高い値段で売って、得た資金でまた薬草を買っていた。
ムキムキあがるレベルを見てうっとりとほくそ笑んで、満足感などがまだ得られていた頃だ。
開店から一週間ほどたった頃、私はマンネリ期に突入していた。
横を飛ぶお使い妖精が不安げに私の顔を覗き込む。
どうやらこのお使い妖精は私がまたこの島を去ってしまわないかを心配しているんだと思う。
____大丈夫だよ。何でも無いから。
それを聞いたお使い妖精は、納得しきれない表情でしばらく辺りを飛んだあと、また向こうへ戻っていった。
錬金術師としての経営はそれなりに安定してきた。充分に黒字だって出せているし、最初より作れる薬も増えてきた。
そうだというのに、私の中には漠然とした不安が渦巻いていた。
最近の私は買うつもりもない食用獣や氷の値段をチェックするのがクセになっていた。
最初は氷錬成の為に市場を覗いただけだったのに、少し足を踏み外したらこれだ。
包丁を目にすると、うっかり買ってしまいそうだからそれだけはなんとか我慢できている。
どうやら肉屋には依存性があるようで、市場の何を見ても肉屋の作業が頭に思い浮かんでいた。
手が震える。肉が捌きたくて捌きたくて仕方が無かった。
やりたい職は山ほどあるのに、肉屋しか出来ない自分を変えるんじゃ無かったのか。
情けなさと怒りが混ざり合って、くそ、と自分の体を叩いた。
何事か、と驚いた様子のお使い妖精が飛んでくる。
がらがらとイスから崩れ落ちた私は、あぶら汗でぐっしょりと湿った自分の頭をひとしきり掻きむしったあと、ぽつりと漏らした。
肉屋に戻りたい。肉屋に戻りたいんだよ。
お使い妖精は、悲痛な表情で私の震える手を握った。
でも、いまここで肉屋に手を染めたら、また肉屋しか出来ない体になる。やめるなら今しか無いんだ。
回らない呂律と、しゃくり上げる声でたどたどしく続ける私をお使い妖精はしばらく黙って見ていてくれた。
私はMUTOYSで色んな事をやってみたいのに。
店長。
凜とした声に、はっ、と顔を上げる。
お使い妖精の澄んだ瞳が、私の目としっかりとあった。
店長にとっての〝MUTOYSでの生活〟は、それすなわち肉を捌くことなのではないでしょうか。
あ、ぁ、あぁぁぁぁぁ。
自分でもよくわからない、上ずった間延びした声で叫んだ。
これが創業十五日目のことだった。
結局自分は肉屋に戻った。
食用獣で半分ほど埋まった倉庫は、なんというか〝あるべき姿〟といった感じで、妙に心地良い。
あれから山ほど考えたが、正直私は何故こうまで肉屋に執着しているのかは自分でもよくわからない。
極論、肉屋と似たようなスタイルの業種なんてものは他にもあるのだ。
それでも、自分は肉屋が良かった。それだけの話だ。
最近よく考える。
私が新人店主の時、もしも肉屋に出会っていなかったら、どうなっていただろうか?
他の業種にのめりこんでいた?それとも、色んな職を転々と変えていた?
いや、恐らくは、この島を去って、二度と戻ってきていなかっただろう。
ふふ、と笑いがこぼれる。
あれだけ悩んだ癖して、自分が肉屋に出会えたのはとても幸運なことなのだ。
清々しい風をあび、一つ大きな深呼吸をした。
なんだかとても遠回りしてしまった気がするけど、今度こそ、この島でもう一度肉屋として生きていこう、と心に思う。
そして願わくば、新しくこの島に来る新人達にも、同じようにやりがいのある仕事が見つかりますようにとも。
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