「思えば遠くに来たもんだ」
ある日の昼下がり、妖精さんたちと一緒に休みながら今までのことをぼんやり振り返っていた
「最初は大変だったねー!」
そう声をかけてきたのは妖精達のリーダーを務めるさっちゃんだ
この島で店を開いたときに妖精協会から派遣されてきた妖精で、それ以来苦楽を共にしてきた
うちの看板商品である笛とギターは彼女が手がけており、その確かな品質と、いざという時は護身用の武器にもなるということで旅する吟遊詩人に好評である
何故か最近は狩人にも人気があり、一部常連客には特注のモデルを提供している
彼女の天真爛漫さに励まされてきたことも多い
振り回されることも多々あったが
「創業してしばらくの間は2人で店を切り盛りしてきたもんな」
右も左も分からない自分と、知っているけど分かってない彼女、結局何が何だか分からないという状態から手探りで進んできた
近所の地図片手に売れるものを探してきたのはいいものの、いまいち売れないわ地図は破れるわ買い出す金ないわで頭抱えたのは今となってはいい思い出だ
街や島の交流場に顔を出して先輩方に援助してもらうというのも手だったのだが、当時はそういうところに全く足が進まず、せいぜい議事録や掲示板を見て断片的に情報を得る程度だった
「なんだかんだで素材とって加工して売って……」
「2人じゃ手が回らなくなってきた時に呼んだのがはーちゃんだったねー!」
「そうだっけー」
アイスをつつきながら気だるそうに返事した妖精、彼女がはーちゃんである
彼女は主に商品の販売を担当してもらっている
面倒くさがりでのんびりした気質の子で、やってきた当初はこんな子で接客とか務まるのだろうかと心配した
しかし、お客さんからは態度はアレだがしっくりするものを紹介してくれる子と受けが良く、今ではぐーたら看板娘として常連客から可愛がられている
実は彼女、卓越した観察眼と錬金術を修めるほどの博識さを持つ
また、文才もあり、彼女が店番の傍ら書いた薬学本は分かりやすく旅先で重宝すると評判がある
彼女のマイペースさにはしばしば和まされてきた
やきもきすることも少なくなかったが
「店の方をはーちゃんに任せて2人でひたすら作業してたな」
その頃は効率よく仕事を回す知識と技量がまだまだ乏しかったため、兎にも角にも体を動かしていた
紙とペンだけで出来る絵本を書いてはみたが思ったより高い原価になって売っても利益にならなかったり、難度の高いものにいきなり挑戦して素材を無駄にしたこともあった
そんな中、はーちゃんが書いた薬学本をとある旅人が大変気に入り、これは売れると踏んでさっちゃんとはーちゃんにそれを量産してもらい、自分はそのための材料を集め続けた
「店番ならゆっくり出来ると思ったのに仕事増えてつらかった」
「はーちゃんのおかげで繁盛していったんだよー!」
「そのおわびでカウンター奥をはーちゃんの城にすることになったわけだが」
少し手持ちに余裕が出た時に、彼女が最低限の仕事をしながら好きなことが出来るよう、カウンターと直結した彼女の個人用スペースを新たに設けた
カウンターの奥に広がるフラスコや小難しい機器、本が雑多に置かれた空間に、始めてきたお客さんはいつも面食らっている
「あれ作ってくれなかったら辞めてた」
「そういうこと店先でも包み隠さず言うはーちゃんに時々ひやひやするわ」
まあ、あの研究室のおかげでやれることの幅が広がっていったので、こっちとしても結果オーライである
「私が来たのは変わった薬学本があると口コミが広がった頃だったな……アツっ!」
出来立てのたこ焼きをほおばりながら会話に参加してきたのは、商品の輸送と屋外関係の作業を担っているユーさんだ
薬学本が売れ始めたのはいいものの、材料の調達が追い付かなくなってきたため、妖精協会から彼女を紹介してもらった
ユーさんは少々の魔物なら蹴散らせる程のパワフルさを持ち、地図と道具片手に一度外に出ればカゴいっぱいに素材を集めてきてくれるくらい自然に詳しい
また、昔から弓矢を背負って狩りをするのが趣味だそうで、品物輸送の傍ら食用獣を狩って解体までこなしてしまう
うちの妖精さん達の中では年長ということもあって、何かと頼りになるお姉さんだ
類い稀なポンコツさを発揮して困り果てることもしばしばあるが
「流石に材料調達が間に合わなくなりましたからね」
仕事したくない一心で、はーちゃんが片手間で薬学本が書き上げられる仕組みを作り上げたため、生産効率は大幅に改善した
しかし、製作するための材料がなくてはどうしようもなく、かといってさっちゃんと2人でやっても原材料から紙とペンを準備するのに時間がかかり結局生産が上がらない有様だった
そこに現れたのが我らがユーさん、これでもかと言わんばかりに原材料を採ってきてくれて、一気に状況が好転した
「私が木材やら採りに行って、君が紙とペンを準備し、さっちゃんとはーちゃんが本をしたためる完璧な段取りだったな!」
「完璧かどうかは置いといて今でもその大まかな流れは変わってませんよね」
周りから老舗と呼ばれるようになった今は他の店から原料を仕入れることも多くなったが、それでも数多くの原料ををユーさんに採ってきてもらっている
うちの商品の手ごろな値段を支えているのは彼女の力によるところが大きい
「それくらいからだったよねー!笛とギター作り始めたのー!」
「倉庫に飛び込んで中々出て来ないと思ったらそんなもの作ってたからびっくりしたわ」
看板娘がのびのびとグータラ出来るくらい生産も安定して、さっちゃんも何か新しいことをしてみたそうだった
そこで倉庫の端材を好きなように使っていいよと言ったところ、キラキラした顔で持ってきた完成品が笛とギターだった
ここに来て初めて彼女の手先の器用さを知ることになった
試しに商品として並べた時は、知名度がなかったため売れ行きはいまいちだったが、実際使った吟遊詩人達から、使い心地と護身という思わぬ用途がついてると口コミが広がりジワ売れしていった
「そこから本格的な店舗改装することになったんだよな」
「作業場が広くなっていっぱい作れるようになっなねー!」
「ごろごろスペース増えてよかった」
「物を一杯採ってきても放り込めるようになってより働き甲斐が出た!」
「……あのー諸々管理してるのボクなんですが」
みかんをつまみつつ女性陣の発言に困り果てた顔をしながら答えたのは、倉庫管理と市場調査を受け持つソウくんだ
店舗改装で保管枠が増えたことで、専門の管理できる妖精が必要になり、彼はうちにやってきた
誰もまともに整理できなかった倉庫をきれいに整頓しきり、誰が見ても分かりやすくしたその手腕は圧巻の一言
経済の知識にも明るく、適正価格は彼なしでは決められない
彼女たちに振り回されるもの同士として密かな同盟を結んでいる
たまに裏切るが
「ソウくんいなかったらやばかったろうな」
おれ自身整理整頓が得意ではなく、女性陣もことごとく整理とは何たるかを理解していなかったため、不用意に保管枠が増え続けパンク寸前だった
そんな中ソウくんは頭を抱えながら倉庫を飛び回り、まともな状態にまでして見せた
その後整理整頓についての説明という名のお説教があったのは言うまでもない
「今でもさして変わらないじゃないですか……」
ソウくんの指導を受け改善するかに見えたが、全然そんなことはなく
「作ったからこれ置いといてねー!」
「これいるからもらってく、返すかどうかは知らない」
「素材採って来たぞ!後は任せた!」
と彼女らに振り回される毎日が続いている
「ま、まあそれは、うん、いつもお疲れ様です」
「ソウくんおつかれー!」
「がんば」
「今日はゆっくり休むといい」
「なんの慰めにもなってないよっ!」
妖精との談笑が盛り上がってきた時、とある人物がやって来た
「元気そうで何よりだ」
「お前か。今日は休業中なんだ帰ってくれ」
彼はこの島に俺を誘った友人だ
こいつがいなかったら店の仲間と出会うことはなかっただろう
一番この島で振り回されたのもこいつだが
「仕方がない、今日は退散するとしよう」
えらい素直だな、珍しい日もあるもんだ
あいつが帰った所でそろそろ明日の準備をしようと思ったのだが、妖精さんたちに止められてもう少し休憩を満喫することになった
俺のMUTOYS生活はまだまだ続くのである
ここにあるのは自由、そう自由だけさ
気ままに生きるもよし、使命に燃えるもよし、近所付き合いを楽しむもよし……
キミはどんな自由を選ぶんだろうね
大丈夫、先輩達はきっとキミを受け入れてくれるよ
セリチジンのポケット♯11333
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