とある辺境の地に聳え立つ豪奢な城。そのほぼ中央に位置する、きらびやかな玉座の間。
人々の噂では、そこには泣く子も黙ると言われる伝説の魔王がいるのだとか。
立ちふさがる巨大な扉を押し開け、貴方は玉座の間へと足を踏み入れた。
長く延びる絨毯、その先、数段高い位置にある玉座に、伝説の魔王その人が――いない!?
玉座はもぬけの殻だ。魔王何処行った!?思いがけない展開に貴方は少し混乱してしまった。
ふと気づく。玉座の間に漂う良い香りに。発生源は、玉座の後ろにある扉、その先からのようだ。
気になった貴方はその扉を開ける。
途端、香りがさらに広がった。馥郁たる、小麦を焼いた香りが。
扉の先にはもうひとつ扉があった。どうやら此処が発生源のようだ。ガタガタと物音もする。
貴方は扉に耳を当て、聞き耳をたてた。
「…これでは駄目だ…もっと鋭く…もっと硬く…」
小さく聞こえる何やら物騒な台詞と、反比例して漂ってくる良い香り。混乱を深めた貴方ではあったが、意を決して、扉を勢いよく開く!
部屋の中は光に溢れていて、目映さに一瞬目が眩む。視界が戻った貴方の目の前にいたのは、噂に名高い伝説の魔王、その人だった。
…手に、何故かフランスパンを持っているが。
「おや、客か。珍しい。いらっしゃいませ」
フランスパン持った魔王がにこりと笑いながら――ニヤリと形容した方が近い気もするが――出迎える。
「…へ?あ、あの、伝説の魔王、ですよね?」
「如何にも。我が魔王だ」
なに判りきったこと聞いてるんだこいつ、と言わんばかりに小首をかしげる魔王様。ちょっと可愛い――じゃなくて。
「…なぜにフランスパン…?」
「パン屋なんだからパンがあるのは当たり前だろう」
「パン屋!?」
「因みに今は新商品の開発真っ最中だ」
「新商品!!?」
魔王城の玉座の裏に魔王が営むパン屋があった。何を言ってるのか解らないと思うが、目の前にあるのは紛れもない現実だ。
確かに周囲にはいろんなパンが並んでいる。食パン、フランスパン、コッペパン、クロワッサン、ホットドッグ、カレーパン…等々。
よく見ると入り口にはちゃんとトレイとトングも置いてあった。本当にパン屋だ。どういうことなの。
混乱を極めた貴方を前に、魔王が語り出す。さも、最終決戦前の問答のように。
「ゴブリンたちを鼓舞するためにピッザを振る舞うのだが、ある日あいにく調達できなくてな。材料は何故かあったので自分で作ってみたところ、これが中々面白くて。パン作りに目覚めたのだよ。それからしばらく魔王業の傍らパン作りの修行をして、ある程度腕前も上がったと思ったのでな、一念発起してパン屋を始めてみたのだ」
「…はぁ」
滔々と語る魔王様。だが、室内は明るく清潔的で、香ばしいパンの薫りに包まれているので、コレジャナイ感が半端無い。
「しかし、此処はご覧の通りの辺境の地。何か目玉商品でもなければ客を呼べない。そのために日夜試行錯誤を繰り返しているのだ」
「…へぇ」
周囲を気にせず、語る魔王だけを見ていたらそれっぽく思えるかも――いや駄目だ。よく見たらマントと鎧の間に来てるのサーコートじゃなくてただのエプロンだ。しかもうさこアップリケついてる。可愛いかよ。
「今日はこのカッチカチなフランスパンをアレンジできないかと考えていたのだが…レシピ開発よりも接客の方が大事だからな。さて、貴様に問おう。何が望みだ」
伝説の魔王らしい威厳で。
うさこアップリケのエプロン姿で。
おいしそうなパンの香りのなか。
そう宣う魔王様に、貴方は。
「…ホットドッグ、5本ください」
「毎度あり」
【おにいさんがホットドッグを5本@800Gでお買い上げ!】
∽∽∽伝説の魔王、パン屋始めました∽∽∽
――プロローグ・完――
※※とある店主さんの業態に着想を得て、勢いのまま街板に書き連ねた乱文を加筆修正したものがこちらです。
今後のネタもいくつかご提供いただいているので、もしかしたら続くかもしれないです。
コメント
コメントにはログインが必要です