「ええと…多分このへんだと思うんだけど……」
手元の地図を見ると、街からだいぶ外れた森の中。そこに小さく丸印。そしてその丸に向かって小さな矢印と"?"
「このはてなってどういうこと?あーもうわかんない!」
偶然通りがかった人に店名を聞いても、首を振るばかり。
だが、こんなもので諦めるものか。
ふん!と力強く草を踏みしめながら、少女は進む。
──時は数刻前。
喧騒なギルドの中で、声が響き渡った。
「あ、あのっ!すみません!どこか私を雇ってくれるところはありませんか!?」
大声に一瞬だけ静まるギルド内。
だが、珍しいことではないのかすぐにガヤガヤと日常を取り戻す。
「そうねぇ……この時期、貴女のような子はとても多くて、どこも定員で……」
大声の主と対峙しているモノクルをかけた女性はやや困った顔で、バインダーの資料をめくり続ける。
「もう少し早ければ、また違ったかもしれないけれど……」
「あう…そうですか…。そうですよね…もうお昼を過ぎて夕方前ですもんね…」
はは、と自虐気味にポニーテールの少女は笑う。
何を隠そうこの少女、大事なこの日を楽しみにしすぎて眠れなかった挙げ句、朝になったかと思えば眠気に負け、起きてみれば太陽がすでに傾いている時間。
登録は朝から。当然、遅ければ遅いほど不利である。
「あ、でも確か…あそこが」
「ほんとですか!?」
食い気味に身を乗り出す少女。目は爛々と輝き、希望に満ち溢れていた。
その純粋さに思わず笑顔を零しながら、地図を出して説明を始める。
「…森の結構奥~の方なんだけどね?普通3人以上が基本なのに、1人だけ募集をかけてたお店があるの。この辺りね」
「ふむふむ」
「場所が場所でしょう?だから、ギルドも正確には把握出来てないみたいなの。だから、大雑把にしかお店の位置がわからないし、街からも遠いから、正直、新しい募集を待つほうが…」
「いえ、いいです!あるだけマシです!ここでお願いします!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「はい!ありがとうございました!」
善は急げと走り去っていく少女の背中に、思わずダラリと脱力し
「若いっていいわねぇ~~」
「ハスホ漏れてる漏れてる。まだ仕事はあるぞ~」
鮮やかなピンク色のおかっぱを揺らす女性が、"ハスホ"の横にドサリと書類を積み上げる。
ハスホと呼ばれた女性は、自身のモノクルごしに見える大量の紙束に深くため息を吐いた。
「イースァもあんな時期があったのかしらねぇ~」
「さぁ?ところでハスホさ、あの子に店の名前教えた?あそこ変わった名前じゃなかったっけ」
「………あ」
──そして現在。
太陽は沈みかけ、森を夕焼け照らす中。
勢いよく飛び出した少女も、その元気はいずこ。
「ああ……お父さん、お母さん…私、エーカはもうだめかもしれません……」
少女のチャームポイントであるポニーテールも、どこかへんなりとしてしまうほどに、心身ともに疲れ切ってしまっていた。
「うう……もっとちゃんと眠れてればっっとぉおあ!?」
日は落ち、疲れの溜まった状態で森を歩くのは至難の業。木の根に足を取られるのも自明の理かもしれない。
「ぴぎゅ」
しかも顔から。かなり痛い。
「(正直泣きたい…!)」
もはや立ち上がる気力すらなく、倒れたまま、己を責め始める。
もっと早く眠るべきだった。もっと落ち着きを持つべきだった。もっと眠気に抗うべきだった。もっと説明を受けるべきだった。もっと、もっと自分が──
「(──ちゃんとしてればなあ)」
「にぃにこっちこっち!」
「あぁ?そっちに何があるってんだよ」
大きく揺れる朱と、青。
「ほら!こんなに可愛い子が倒れてる!」
「……めんどくせ」
「ねーーどーすんのさーーーーねーーーーーーーーーー」
「どーするもこーするも、どうせ連れて帰るって言うんだろ?なら行くぞ」
「やったぁーーーーー!!!」
なんか、うるさいな……
もう、朝?目覚まし、どこだっけ。
顔、痛い……とりあえず、体だけでも起こして……
「ああーーーーーーーーー!!!!!!!」
耳をつんざくような声。思わず跳ねるほど。
それだけに飽き足らず、何か朱色の物体が腹部に飛び込んできた。
「よかった~~~!!!生きてるね!」
「えっ、あの、えっ?あっ、生きてます」
それが人であると気づくまで、自分が知らない場所にいるという事実に気づくまで、状況を理解するまで、かなりの時間を要した。
「ええとその…つまり私、森の中で倒れていたところを、シセさんに助けられて、このお店に運ばれたってことですか?」
「そーいうこと!私、耳がいいの!だから、エーカちゃんの声を聞いて、これはやばそう!って思ったの!」
えっへんの胸を張り朱色をなびかせている人物は、"シセ"と名乗り、事の顛末をやけに擬音を交えながら説明した。
エーカとしては、あの情けない悲鳴を聞かれたことがとても恥ずかしいが、それがなければ今頃あの暗い森の中で…と考えると複雑で仕方がない。
「にぃにもいて、エーカちゃんの手当をしてくれたんだけど……」
「にぃに…?」
それはどういう…と尋ねる前に扉が開かれ、シセが跳んだ。目にも留まらぬ速さで。
そして扉の向こうからやってきた小さな影はそれを軽々と避け、エーカに声をかけた。
「目ぇ覚めたか。うちのシセがなんかしただろ。悪かったな」
「え?あ、ああ~……」
なんか、と言われると色々と驚かされることをされたのは確かだが、別に拒絶するほど嫌かと言われればそうでもない、といったもの。
大したことではないし、むしろ助けて貰ったのだから謝罪、もとい礼を言うのはこちらだとエーカは言い、水色の少年にも礼を重ねた。
「お姉さんにはほんと助けられました。ありがとうございます」
「お姉……ああ」
「?」
あれ、そこはかとなく雰囲気が悪くなったような…?と思った矢先
「なーんで避けるのーーーーーー」
シセの突進。目指すは少年。
「あぶな」
「うるせぇ」
言うが早いか青空色の少年は自分の倍以上ある朱い猪の頭を無造作に床へと叩きつけた。
あまりの早業と容赦のなさにポカンと口を開けるエーカを見て、少年は一つ咳払い。
「俺はビグ。このクソデカい妹の保護者だ」
「にぃにはシセのお兄ちゃんで~す」
「えっ、いも、おにいさ、え」
「…まぁ、初対面はほとんどそういう反応だよ」
やれやれとビグは苦笑した。
「そんで、その雇い先を探してぶっ倒れたわけか」
「…はい」
ふーん?とエーカの持っていた地図を眺めながらビグは首を傾げる。
「この位置なら、うちと近いはずなんだがな…どこだこりゃ?」
「ビグさんでもわかりませんか…?」
「つっても俺も街情報に詳しくない。こういうのは得意なやつに聞くのが手っ取り早いな。餅は餅屋ってやつだ」
そう言って、ビグは立ち上がる。暗についてこいと促しているのだろう。
エーカはベッドから降り、率直な疑問をぶつける。
「餅は餅屋?」
「馬鹿には体力勝負なことさせとけってことだよ」
「……ああ」
なんとなくわかってしまった自分が憎いと同時に、後ろをニコニコとついてくるシセを見上げながらなんだか申し訳ないと思うエーカであった。
「おいエリ。うちの近くに"はてな屋"ってのがあるか調べてくれ」
「はーいよ~」
橙色の髪を下げ、座っている椅子をクルクルと回すその人は"エリ"と名乗った。曰く、この店の販売・作業・仕入れなどほぼ全ての管理を任されているらしい。
もはや店長さんでは?と言うと、店長は別にいるからただの雇われだと返されてしまった。
しばらく空中に映し出されたホログラムを眺めていたエリはやがて
「う~~~ん……この辺にはないっぽいっすねぇ」
「だよな。さてどうしたもんか……」
うんうんとみんな頭を捻ってしまう。
ふと、エーカが手を挙げ
「あの、私の雇い先を調べたりは…」
「「それだ!!!!」」
「?」
キョトンとしているシセをよそに、エリはホログラムに指を走らせる。
ホログラムに表示されている文字列がとてつもない勢いで移り変わっていき、およそ10分もかからないうちにエリの手が止まった。
「………」
「……どうしたエリ。見つけたのか?」
「…まぁ、そうっすけど……ちょっとその地図、貸してもらっていいっすか?」
「あ、はい、どうぞ…」
地図を広げ、ホログラムと見比べるような動きを見せ、やがてエーカに向き直ると
「えーと、エーカちゃん……えっちゃんでいいっすね?登録先がうちっす」
「えっ?」
「やったーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
朱き猪再び。エーカを押し倒してうりうりとお腹に顔を埋めるシセ。
その様子に小さなため息をつきつつビグは当然の疑問を口にした。
「しっかし、店の名前全然違くねぇか?」
「ああ、うちの店名、登録上は"はてな"、つまり"?"なんすよ」
「………ああ~」
「あ、あのそれってどういうことですかっ」
シセと組んず解れつ状態なエーカ。
「この"?"の読み方はは"なんで"なんすよ」
「ん?…んん?」
「つまり、"?屋"っていうのは」
「なんでやっ!!!!」
思わず脱力。もはやシセにされるがまま。
「こんな辺鄙な店に」
「変わったお店に~」
「ようこそーーー!!!!!」
みんなそれぞれの笑顔でエーカを迎えた。そんな温かい空間で、一人だけ、冷めきった目。
唯一漏れ出した言葉は──
「なんでやねん…」
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