世界は長らく停滞していた。
街道は途切れ、
あちこちに焦土が散らばり、
世界を支えていた"市場(いちば)"も崩壊して久しい。
"ヴェクトラース"の店主が、サファイア街の店を開いたのは、そんな頃だった。
「…この世界には、今は、本当に何もない」
ようやくぽつぽつと建ち始めた商店を眺め、少女は野望を抱く。
「"誰もがやりたいことをやれる世界"。私はそれがほしい。
まずは、"市場(いちば)"と同等の、安定した原料・常備薬の供給を整備できるように」
少女は、薬屋を目指した。
少女は手始めに、薬調合入門の本を書くことにした。
近所の地図を頼りに、素材を集める。
水と、木の枝。色草に、鳥の羽根。
紙を漉き、ペンを作る。
薬草もいくらか手に入った。
手探りで薬の作り方を見つける。
ポーションはどうにか作れたが、エーテルはどうしても乳鉢がないとうまくいかないようだった。
「乳鉢なんて…今は手に入らないわ」
かつては、意識する必要もないほど当たり前にあった乳鉢。
今のこの世界では、まだ手を付ける店もほとんどない。
「…作るしかないか」
乳鉢を作るには、石をノミで削らなくてはならない。
だが、この頃は商店のほとんどがエメラルド街にあり、残りのほとんどがサファイア街とミミ星人街にある、というような状況で、
ノミはおろか、鉄鉱石すら、そうそう出回らなかった。
「…そこからか」
近くの鉱山への地図と、薬草の入手量も増やしたかったので、近くの山への地図も書いた。
あまり多くはなさそうながら、鉄鉱石の採れそうな場所に赴くと、木槌があれば、どうにか採取はできそうだった。
「…木槌か」
もう、いけるところまで自力でやってやろうと思った。
山へ向かって、林道から丸太を持ち帰る。木の枝の方がたくさんあった。
近くの山への地図はあっという間にぼろぼろになった。
「斧があれば、もっと楽かしら…」
木槌を作り、鉄鉱石を集める。
近くの鉱山への地図はあっという間にぼろぼろになった。何度も書き直した。
「融かすとか意識したこともなかったわ…」
かつては鍛冶屋の標準装備だったらしい炉を作る。
鉄を融かしてインゴットに。
「砥石…」
石を木槌で割って砥石を作り、ノミと斧を作り。
ようやく手にした乳鉢を手に、少女は呟いた。
「やっぱり、というか、想像以上に、細かく分業しないと、"やりたいこと"に辿り着きませんわ」
かくて、少女は宣言する。
「私、地図を売ることにします」
人口の重心を目指し、トパーズ街に移っても、少女は地図を書き続けた。
こうして"地図屋"は、今なお地図だけを書いている。
コメント
コメントにはログインが必要です