それは凍るような寒さの荒れた海の日のことだった
格安チョッコレイトが市場を飛び交い住民どもが宝石を店主達にぶつけていた2月の騒乱が一段落して、ようやく人心地ついて休んでいた俺達は、しかし、再びたたき起こされることとなった
「なにごとでぃ、ダンナ。チョッコレイト騒ぎはもう終わったんだろぃ?」
「これを見ろ」
そういって俺達作業妖精衆に見せた豪華な牛皮紙には気取った文字でこう書かれてあった
『2.22、可愛いにゃんこ、来たる!』
俺達は唖然とするしかなかった。
────おいおいおい、本気か?戦争が起こるぞ…
12月のモアイ騒ぎは未だに収まっていない
鋳物師達が死力を尽くしてようやく幾つか完成したくらいだ。
木工師と石工師が協力して今看板の制作に取りかかっているが完成の兆しは見えていない
1月のわんこ騒ぎはそれ以上に狩人達の屍を積み上げている…
わんこなんて可愛い生き物がこの島にホントにいるのだろうか?
なんて陰謀論すら疑われている
それなのににゃんこだなんて…
恐れおののく俺達に旦那は手を振って
「まぁ、お前達の気持ちはわかる。だが、漁師のオレ達がぁ、この騒ぎに乗じなきゃあ漢《オトコ》じゃねぇよな…」
牛皮紙に書かれたにゃんこの呼び出し方法は実に煩雑な手順が書かれてあった。
住民のくれた宝石で『真・グリモワール』を作れ。この仕事は作家に任ずる
『真・グリモワール』と『ヌシ』を使ってにゃんこ様を召喚せよ。この仕事は錬金術師に任ずる。
『ヌシ』
この言葉を見て、俺達が起こされた理由に合点がいった
「今は作家の連中が死に物狂いで宝石をかき集めてる。おそらくそう遠くない内に『真・グリモワール』は完成するだろうと噂だ」
「で、でもよ、ダンナ。わんこでさえまだ見つかってねぇのに…」
ダンナは首を振って、俺の言葉を遮った
「わんこはさっきルビーで見つかったよ。噂でも陰謀論でもなかった。外に出ろ」
俺達はその言葉に驚いて、慌てて外に出た
南の方に目を見やると、かすかに犬小屋が見えた…
あぁ…ここからでもよく見える。
愛らしくつぶらな瞳、モッフモフに膨らんだ毛並み、喜びのままに振られているしっぽ
大きなわんこがそこにはいた
「すげぇ…」
「可愛い…」
「天使か…」
わんこの愛くるしさに震えていると、ダンナはコホンと咳払いをした
俺達は正気に戻ってダンナに向き直る
「『真・グリモワール』は素材が貴重故に難度自体はわんこ程は高くないと予想されている」
「錬金術師達は既にヌシを買い占めてヌシ相場はうなぎ登りだ。お前達にも働いて貰わねばならん」
「すでに他の漁師たちも動き始めている。急げ」
あぁ、偉いこっちゃ、偉いこっちゃ
にゃんこ様がお望みだ。
急げ、急げ
俺達は口々に声を上げながらスワンボートに乗り込んで荒れ狂う海へと繰り出した
───彼らがヌシを釣るための道具を持っていないことに気付くのは海に出てしばらくしてからのことだった
当然だ…彼らは宝石貝漁師なのだから────
漁師ぴぴるぴー#22471
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