馬車に数時間揺られ、着いた先は湖の近くのお店だった。
周りには何もなく、森が広がっている。
ここに着く前にもお店は見かけたが、時々といった様子であまり多くはないようだった。
「ここが、私たちのお店。マスターを呼んでくるからちょっと待っていてね」
お使い妖精の彼女に言わるまま、私は馬車に腰掛けてマスターを待った。
目の前の湖をぼんやりと眺めていると、少し羽を動かしたくなり二、三度羽を動かしてから強く地面を蹴った。
頬に強い風を受けながら、上昇してそのまま空中で旋回すると、水面の方へ急降下する。水面すれすれのところを飛ぶと、冷たい空気と少しだけ水飛沫が飛んできた。
飛んでくる水飛沫が私は大好きで、マスターを持たないときはいつも湖畔に住み着いていた。
ひとしきり、水面近くを飛び回ると空へ上昇して下を見下ろした。
小さな湖畔の近くに佇むお店を眺める。
「いいじゃない」
私はそう呟いてニヤリと笑みを浮かべると、空を見上げた。
眩しくて、思わず手で太陽を隠してしまう。
「ここ、案外素敵ね。これでラム酒を沢山作るのなら、居てあげてもいいかも」
心が躍るのを感じながら、くるりと一回転して身体についていた水分が辺りに飛んで太陽の光でキラキラと光るのが見えた。
水色のスカートの裾がゆっくりと元の位置に戻ると、手で軽くスカートを払う。
ちらりと下を見ると、彼女と彼女のマスターが店から出てきたのが見えた。
私は降下してゆっくりと二人の前に降り立った。努めて笑顔を作り、マスターの顔を見る。
「こんにちは、新しいマスターさん」
私が形式的に挨拶をすると、新しいマスターはフレームのない眼鏡を指で少し押し上げて、歓迎の笑みを向けた。
「こんにちは、君が気まぐれな妖精だね。どうぞよろしく」
彼が手を差し出したのを見て、私は一瞬固まった。
どうすれいいか、分からなかったからだ。
今までの店主は、私たちの事を対等に扱う事はなかった。
それ故、握手を求められることもきちんとした挨拶が返ってくることもなかった。
「よ、よろしく……」
彼と私では身体のサイズすら違う為、彼の人差し指を両手で持って戸惑いながらも挨拶を返した。
ちらりと彼の隣を見ると、お使い妖精の彼女はにこにことしながら得意げな顔をしているのが見える。
「立ち話もなんだし、お店に入ってこれからの事を話そうか」
そう言って彼が、木製のお店の扉に手を掛けてそこで動きを止めた。
どうしたのだろうかと思っていると、私の方を振り返り輝いた目で満面の笑みを向けた。
「ようこそ、水辺のほとり和み庵へ」
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