高級時計の世界で長年続いてきたスポーツウォッチの優勢に、変化の兆しが見えている。Z世代を中心とする若い購買層の間では、ロレックスをはじめとするステンレススティール製スポーツモデルだけでなく、カルティエのようにデザインや歴史的背景を前面に出す腕時計が存在感を強めている。これは単純な人気の入れ替わりというより、高級時計に何を求めるかという価値基準の変化と捉えたほうがよいだろう。本記事では、なぜ若者たちの間でカルティエが支持を広げているのか、その背景にある価値観の変化を、『ウォッチタイム』ドイツ版のヨハネス・ベアがひもとく。
長い間、高級時計の世界は明確な秩序が保たれているように見えた。成功を証明したい、あるいは節目を祝いたいと考える者は、ロレックスを購入するか、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」、パテック フィリップの「ノーチラス」、あるいはヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」を夢見ていた。高級スポーツモデルは、ソーシャルメディア、ウェイティングリスト、そしてコレクターたちの会話を等しく支配していた。
しかし、時計業界が市場価格や入手可能性についての議論に夢中になっている裏で、別の変化も進んでいたように見える。長年、ジュエリーやフランスのエレガンス、そして女性向けの時計コレクションとも強く結びつけて語られてきたカルティエが、新世代の購買層の間で存在感を高めているのである。
今日、インスタグラムをスクロールし、若手俳優の手首を眺め、ファッション界のスタイルアイコンを分析すれば、「タンク」、「サントス」、「パンテール」、そして「ベニュワール」といったモデルに頻繁に出くわす。これらは、過去20年間にわたって高級時計市場で大きな存在感を示してきたスポーツモデルとは明らかに異なる腕時計だ。回転ベゼルも、ヘリウム排出バルブも、300mの防水性能も必要としない。その代わりに重視されるのは、すっきりとしたライン、歴史的なフォルム、そして技術的優位性だけでは測れない文化的な背景である。そこでは、クォーツムーブメントさえも比較的自然に受け入れられている。
こうしたカルティエへの注目は、一過性の流行だけでは説明しきれないように思える。それは、ラグジュアリーやステータスをどのように表現するのか、そして時計を選ぶ際に何を価値とみなすのかという基準そのものが変化していることを示しているのではないだろうか。
過去20年間の高級時計市場を振り返れば、スーパーコピー時計スポーツモデルがその中心的な存在であり続けたことは間違いない。「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」、「オイスター パーペチュアル GMTマスターⅡ」、「ロイヤル オーク」、そして「ノーチラス」といったモデルは、その代表例である。
なお、その出自は一様ではない。サブマリーナーやGMTマスターには、ダイバーや航空関係者の実用に根差した背景がある。一方、ロイヤル オークやノーチラスは、当初からスティールを用いた高級スポーツウォッチとして生み出されたモデルだ。成り立ちは異なるものの、これらの時計はいずれもやがて広く認知されるステータスシンボルとなった。そしてソーシャルメディアの台頭は、特定の人気モデルを所有することそのものを、ある種の「トロフィー」として見せる傾向を加速させた。
しかし、その圧倒的な成功が、同時に反作用を生んだと見ることもできる。今日、高級品市場に参入しつつある世代は、インスタグラムやTikTok、そして絶え間ない視覚的コンテンツの消費とともに育ってきた。かつてないほど多くのラグジュアリー製品が可視化され、日々繰り返し目に入ってくる。
同じモデルが何度も写真に撮られ、シェアされれば、それまで特別だったものが次第に見慣れた存在になる。ファッションの世界でも見られるように、ある対象があまりに広く共有されることで、かえって稀少性や新鮮さが薄れていくことは珍しくない。
そのため、若いコレクターの一部は、もはや誰もが知る分かりやすい選択肢だけを求めてはいない。求められているのは、自分自身のスタイルや価値観を表現できるもの、そして大声で主張せずとも固有の物語を持つものだ。こうした志向は、現在のカルティエ人気を説明する理由のひとつと言えるだろう。
ラグジュアリーではあるが、主張の仕方が違う
カルティエは近年、「クワイエットラグジュアリー」という文脈で語られることが多い。ただし、「パンテール」や「クラッシュ」まで含めれば、カルティエを単純に「控えめなブランド」と括ることはできない。むしろ特徴的なのは、大型ケースや技術的なスペックによって価値を声高に説明しなくても、ひと目でそれと分かる強い造形を持っていることだろう。
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